太陽がぎらぎらと照りつける、暑い日だった。
おれ達はノースブルーの外れの外れ、そこそこ大きくはあるが決して華やかとは言えない街がある島に停泊したのだった。 それというのも航海の途中に食料が底をついてしまったからで(全く、その時はまだエディという優秀なる航海士もヒューイットという有能なるコックもいなかったから、おれ達は何の計画も無しに食事をしていたんだ)、自分達の無計画さゆえにおれ達は全く予定に無かった名前も知らない島に立ち寄るハメになったという訳だ。
その頃といえば船もなかなかご立派なものだった……海賊として旗揚げしたばかりで通り名もなく――つまり名前が全く知られていない――、船長と副船長以外に船員のいない海賊団には、あんなちんけな船こそがお似合いだったわけだが。 いずれ賞金首になって、金も沢山持つようになったら、豪華でデカい船を買おうとふたりで言っていた。ベラミーは「いずれ」と言っていたが、おれはベラミーの強さならすぐに賞金首になるだろうと思っていた(実際それはすぐだった)。
その島で買い物と休息もかねようということになり、4時間後にまた港の船の前に集合ということで別れた。 いつものことだがベラミーはクルー集めに熱心で、新しい島に着くたびに遊びそっちのけで良い人材を探していた。この島でもそれは例外ではないようだった。 別れる時にお前はまた女遊びだろ、と言われたが、大当たり。女のクルーでも探しといてやるよと手を振った。 おれ達は誰でも彼でも海賊団の一員に迎えてやるという訳じゃない。おれ達の手でつくる”新時代”についてこれるヤツのみを、クルーとして歓迎することにしていた。それだけはガキの頃からベラミーと決めていた。 ひ弱な夢追い野郎はお呼びじゃない、と。だから新時代のクルーたりえる資格があるかどうか、いつもテストしていた(この島に来るまでに何人もテストしたってのに一人も資格を得れなかったのはベラミーのテストがきつすぎた所為かもしれない)。
おれは騒々しい街の中に足を踏み入れた途端、この街にたいしたヤツはいそうにない、と思った。うまく言えないが――どことなく活気が無いのだ、この街は。
この手の街ならちょっと見まわしただけで4、5軒はあるハズの酒場も見当たらない。こぎれいな、つまらなそうな店ばかりが目につく。 歩いている人間や働いている人間も、いかにもフツウ、だ。こんな街で強い者は育たない。罵声と喧騒、雑踏の中で勝者は生まれる。これは今回もベラミーは無駄骨に終りそうだ、完膚なきまでに叩きのめされたこの街の何人もの人間を残して。
それでも一応おれも探すフリだけはしておくかと、わざと通りのど真ん中を大げさに歩いてやった。そこらのヤツにテキトーにガンつけながら。これにあわせておれのガタイも考慮すれば、腕に覚えのある喧嘩っ早いヤツはデートのお誘いをかけてくれることだろう。 ソイツがそこそこ腕の立つヤツだったならベラミーの所に連れて行けばいい。だけどおれがガンをつける前から目立たないように身をすくませてそそくさと店の中に入っていくヤツらの数を見れば、それは望めそうもなかった。
おれは肩をすくめて殺気を出すのをやめた。ちょうど目についた真新しい感じの2階建ての酒場に入ることにした。
螺旋階段を上る途中、小汚い風体の男とすれ違い、おれは憐れみと軽蔑を込めてポケットから出した札を地面に撒き散らしてやった。男は階段を転がり落ちる様にして下りて、滑稽に地面にはいつくばって金を拾い集めていた。カネの前ではみんな奴隷だ、もちろんおれも。
木製のドアを押すとチリンチリンとベルが鳴る。そのくせ、店内からはいらっしゃいませのひとつも無い。チップをやる気も失せた。
2階の店内の広さはまあまあというところ――2階を選んだのに特に理由は無い――、それなりに賑わってもいた。ここでもおれはがっくりと肩を落としたのだが、女のレベルが極めて低い。ちらりと見渡しただけでも中の下女ばかり。おれが店に入ってくると目つきの悪い男共はじろりと睨んできたが(そんな度胸のあるヤツらがいたってだけでも驚きだ)、おれを見ると慌てて目線を逸らした。 すぐに見かけに騙されやがって、バカ共が。まあおれの場合見かけだけじゃないのも事実だが。
おれは諦めて座る席を探した――ちょうどカウンターの所の席が空いていた。ピンクの髪の女が座っているのにも気付いた。軽くウェーブした長い髪の毛を、ハートのピンでスタイリッシュにまとめている。ぴったりとしたタンクトップはボディラインを目立たせていたし、赤い短パンから覗いた長い足は抜群に美しかったが、この街の女の平均値にもれなくその女も入っているに違いない。或いは、未満ということだって。
後姿に見合った顔をしてくれてたらどんなにいいか、おれは僅かながらに希望を残しつつ、カウンターの席に腰を下ろしてちらりと横目で女を見た。
…内心、口笛を吹きたい気分でいっぱいだった。つまり、その女…いや、少女は、後姿に見合ったどころかそれ以上の容姿の持ち主だったのだ。ここは正直に言おう、かなりどころか丸っきりおれのタイプだった。 パッチリとした目にまつげは長く、形のいい鼻筋、花の蕾のような唇。年はまだ15、6ってとこじゃないか?小さな舌を覗かせてジュースの入ったコップのふちを舐めていた少女は、隣に座ったおれが何も注文していない事に気付いたのか、こっちを振り向き見た。
「あら、いいオトコ」 と、少女は笑った。 「何も注文しないの?」
「一番高い酒をひとつ」 あまり喉は乾いてなかったが、注文した。バーテンダーは頭のはげあがった40に手が届きそうかという太ったオヤジで、無愛想に頷いた。本当にこの店は接客がなっちゃいない。けどこんなジジイに愛想よくされるのも嫌な気はするが。
おれが注文するのを聞いて、少女はふーんと言いもう一度こっちを見た。少し興味を持ったらしい。 「あんた、お金持ちなんだ?」
おれはああ、と短く答えた。まっとうな金では当然無い。
「気分次第じゃ何でも買ってやるぜ、お嬢ちゃん。生まれはどこだ?」
「ウェストブルーよ、それであたし魔女なの。ウェスト・サイドの魔女ってワケ」 いたずらっぽく少女は笑った。
「それで最期は水かけられて溶けて消えるってワケか?ハハ、めでたしめでたしってな」
「ジョーダン、あたしがあんなへマするもんですか。銀の靴奪ってそれで足踏んづけてホウキでひっぱたいてやるわ」
おれが吹き出して、少女も笑い、ふたりで大声で笑い合った。いつの間にか置かれていた酒を一気に飲んだ。
「アハハ、あたし北の善き魔女!生まれてこの方この街の外に出た事もありません」
「おれもここの海の生まれだ。面白ェな、お嬢ちゃん」
「あんたもね」 少女はくすくす笑いながら指差した。 「胸のソレ、何?スマイルマーク?」
「ベラミー」 おれは足を組んでからトン、と親指を当てた。 「おれの憧れの男だ」
「憧れ?ウッソ、ソレが?」 少女は益々笑った。 「アハハハハ、やっぱあんた面白いわ!」 ひとしきり笑ってから、少女はまた尋ねてきた。 「ねえ、あんたこの島の人間じゃないでしょ?余所から来たの?」
「ああ、まァな。旅…というか航海の途中でね」
いつまでも「少女」呼ばわりじゃ面白くないって?おれもそう思ってたとこさ、オーケー、そろそろ名前を聞こうじゃないか。
おれは少女の華奢な肩に手を回して抱き寄せた。 「名前は?」
おれの行動をことさら気にした様子もなく、少女はストローでコップの氷を崩し始めた。 「リリー。カワイイ名前でしょ?」
その名前がユリと同じ綴りだったとしての話だが、それが象徴するものは清純、純潔。聖書でも…おっと、そんな雑学はどうでもいい。おれはリリーの瞳を見つめて微笑んだ。 「いい名前だ」
「あんたは?」
「サーキースだ」
「ステキな名前ね」
「割と気に入ってる」
「あたしも名前だけは、クソつまんないパパとママがくれたものの中でたったひとつだけ気に入ってる贈り物、ってトコかな」
おれはリリーの瞳にじっと見入っていた。最初は見間違いとか、店内の何かの光が反射してるのかと思ったが、違うようだった。 リリーの瞳の中には虹のような何色もの色があり(後に出会ったリヴァーズによると、万華鏡のようだと言う)、実に鮮やかで美しく、宝石のよう、もしくはそれ以上だった。つまり、リリーの瞳は宝石よりも美しかった。
「あ、コレ?」 リリーは自分の瞳に細い人差し指を当てた。 「なんかママとかもちょっとこんな感じなんだけどー、あたしの家系って目の色素薄いらしいのね。それであたしは特に色素薄くて、太陽の光とかにも弱いから外出る時はこ大抵コレしてるのよね」 と言って、リリーはタンクトップの胸元に引っかけてあったサングラスをつついた。 「ま、それより何よりファッションでもあるんだけど」
「なあ、リリー、今日これから予定は?」
「デートのお誘いかしら?喜んで、超フリーよ」
「決まりだ、出ようぜ」 おれはカウンターに金を出して立ちあがった。それでもバーテンダーのオヤジは無愛想だった。
リリーも代金を支払おうとポケットに手をやって、「あ」 と声をあげた。それからおれの方を振り向いて下からおれの顔を覗きこみ、首を傾げて最高に愛らしく微笑んで(いいよ、これも正直に言おう、ちょっとどころか恐ろしくグラッときた)、こう言ったのだ。 「財布忘れちゃった、おごらせたげるわ」
「光栄だね、お姫様」
それからおれ達は街に出て、色んな店を回った。つまらない店ばかりではあったが、品揃えはそれなりだった。リリーが食べたいというのでアイスクリームやパフェを買ったりした(パフェはおれには甘すぎた)。
この島で一番大きいのだというショッピングセンターにも入り、散々店中をまわってアクセサリー類を手に取り散々時間をかけて服を試着してまわり、両手いっぱいに品物を抱えたリリーはおれの予感を的中させた。
「コレも全部おごらせてあげる。光栄?」
「なあリリー、おれは今まで生きてきて女の方におごってもらってばっかりだったんだぜ」
「あら、じゃ、あたしが初めてなのね」
「そういうことになるな」 財布からかなりの枚数の札束を取り出し、おれは引きつり気味に笑った。
そういえば自分達の食糧も買わなければいけなかったので、数分後におれの負担はさらに増加した。判りやすく言えばリリーは自分の荷物も全部おれに持たせた。重さ的には何てことはないが、格好が良いとは言えないのが気に掛かる。
本当にこんなのは生まれて初めてだった、いつもおれは金を出させる側、そりゃ軽い食事程度の料金はあるものの女相手にこんなに金を使ったのは初めてだ。 腹が立ったりとかはしなかった――予定外の出費ではあったが。リリー相手なら別に良いかと思った。
――そう考えておれははたと気付いた、おれはもしかして、リリーに本気で惚れてしまったんじゃないか、会ったばかりのこの少女に。
確かにカワイイが、今までにも美人な女は沢山いたし…いや、沢山いたのは「美人」な女で「カワイイ」女じゃない。 だからおれはだんだんと飽きてきて、元からの理想はあったもののリリーのような女がタイプになったんじゃないか?いやタイプ云々は置いておいても、リリーは最高に可愛かった、スタイルも良いし、喋っていて楽しいし…。
…考えれば考えるほど、おれの考えは形をとって確実なものになっていった。まァつまり、おれはリリーに本気で惚れていた、少々時代遅れだが一目惚れとでも言おうか?
「なんかさー、家にいても面白くないのよねー」
歩く人影もまばらになってきた通りで、リリーが言った。
ガラス越しに店内の時計に目をやると、あと1時間ほどで約束の時間だった。
「昔はなんとも思ってなかったんだけどさ、最近なんか親がウザくって。あたしのすることにいちいち口だししてさ。ホラ、この島見ての通り面白いトコもないでしょ?だからさ、家も外も変わんないの」
だんだんと無断で外出することが多くなり、真夜中まで街でふらふらしていることも多くなったのだそうだ。そしてそれが原因で親に酷く叱られることも多くなり、最近ではことあるごとに両親と衝突し、今日も朝から大喧嘩をして家を出てきたとリリーは言った。
「あたしはあたしのやりたいように生きてるだけなのにね」
「いい考えだ。なァ、黄金郷とかを信じてるワケはねェんだろ?」
「黄金郷?」
「素晴らしきフェアリーテイル、我がノースブルーの偉大なるライアー・ノーランド!」
「ああ、アレ。子どもの頃毎晩読んでもらってたわ」 リリーは頷いた。 「まっさか、あんなの子ども向けの教育童話でしょ?ノーランドは大昔実在したとかしないとか聞いたことあるけど、うそをついちゃいけませんよっていう」
「ま、そんなトコだろうな。あと、空島とか。空に島が浮かんでるなんざまさしくブルー・スカイだぜ、昔のオトナはよっぽど夢ばっか見てたバカだったんだろうな」
「アハ、ダッサイ、そんな空島を本気で信じてるヤツがいたら会ってみたいモンだわ、大笑いしてやる」 リリーは心底バカにしたように笑った。
いい考え方だぜ、本当に。
「…そんな御伽噺じゃないけどさ」 リリーはフッと笑いを収めて、目を伏せた。 「あたしのトコにも白馬の王子様が現れて、キスしてあたしをさらってってくんないかなとか思っちゃう」
力なく言ってリリーはおれの手から服なんかが入った袋を続けて手に取った。 「ゴメンね、会ったばっかのあんたにグチばか言っちゃってさ。今日はすっごく楽しかった、ありがと、もう帰らなきゃ」
そう言ってリリーは今日一番の、極上の笑顔を見せて、両手いっぱいに重そうな荷物を抱えて背を向けて歩き出した。
時計を見る。あと1時間ちょうど。リリーの家はここからそう遠くないと言っていた。女のクルーを探しといてやる、予告しといたぜ、ベラミー?
「ガラスの靴をお忘れだ」
一歩きしただけでリリーに追いついたおれは、両手を優しく差し出して背中からリリーを抱きしめた。
立ち止まった――というか立ち止まらせられた――リリーは驚いたように身をすくめ、首を回した。 「何、あたし灰なんか被ったことないわよ」
おれは両手を首の辺りに回した。目を閉じて、リリーの耳元でソッと囁く。
「おれが白馬の王子様になってやろうか?」
リリーはたっぷり30秒以上は間を置いた(あんまり間を置かれてもおれが恥ずかしいんだが)。
それから首を傾げて、あの瞳でおれを見た。 「…何、なんて?」
「おれは海賊なんだ、女ひとりさらっていっても何も疑問は無いぜ」
「あんたが?マジで?」 と、リリーは答えた。 「何だっけ、あんたもワンピースってヤツを狙ってってクチ?」
「ハッ、まさか。ああいう奴らはみんな夢の見すぎなのさ。おれ達は新時代をつくるんだ」
「いいかもね、ソレ」 リリーは笑った。やっぱり笑った顔が一番可愛かった。 「あんたはあんまりチャーミングじゃないけどね」
「お言葉だな、マドンナ・リリー!」
おれはリリーの肩に両手を置いて、正面に向き直らせた。リリーの荷物が落ちないように気を遣って。
「おれは今まで女は出会って10分以内に魅了してきたんだぜ」
「じゃ、あたしはあんたにとってとことん初めての女なのね」 と、リリーはくすくす笑った。悔しいが、それは本当のようだった。魅了するどころか逆に魅了されてるのは、おれの方だったから。
「オーケイ、プリンス・チャーミング」 リリーは笑って目を閉じた。 「魔法を解いて、あたしをさらってってよ」
「オーケー、仰せのままに、プリンセス」
そう答えておれは、こればっかりは昔から変わらない魔法の解き方を――つまり、お姫様の唇にキスをした。



初めて会った時、リリーは自分のことを魔女だと言ったが、あれは本当だったらしい。
おれは出会った時からリリーに魔法をかけられていた、解けない魔法を。
全く、笑える話だな。相変わらずリリーはまだおれのことを本気で相手にしちゃくれないし。
やれやれ、いつだっておれの片想いだ。ガキの頃から。
ま、リリーについては絶対おれの方も魔法をかけてやりたいとこだが。
っと、こんなとこにいつまでもいる場合じゃなかった、お姫様がお待ちかねなんだ。
じゃ、な。








☆なじ☆
…ハァ…あの…出会い話です。何か…軽っ(爆笑V)
もうとにかくサーキースはリリーちゃんにメラ惚れ希望で、ウス。
これと一緒に「50の質問」も読んで頂けると更にお楽しみ頂けます(頂けねえYO…)
アー因みにタイトルはあれです、今現在やってるテレビドラマヨリV みったんとるみたんのバカップルぶりがサイコーでス☆

03.6.29


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