まるで恋をしているようだわ、とカリファは思った。 まあ解らなくもないのだが。何しろ彼が古代兵器を利用してこの海賊時代に終止符を打とうと提唱して、もう5年近くになる。早く手に入れたいと、歯痒い思いでいる事だろう。 『何だ、まだなのか…』 それにしても毎度毎度定期報告をする度にこう長々と溜息をつき、最初より何倍もトーンダウンした声で答えられてはこちらも溜息の一つもつきたくなる。いつもこれを言われているルッチはそれなりにストレスがたまっているのではないだろうか。 「申し訳ありません。ですが元々制限期日は5年頂いております任務ですので、まだまだ時間が…」 『もう一年が経った』 何をも寄せ付けぬ温度の声が返ってくる、『一年経って、手掛かりは何もなし、か?』 申し訳ありません、とカリファは繰り返した。 いかにも不服であるという沈黙が受話器を通して伝わってくる。そう遠くない距離の島にいる彼の、酷く不愉快そうな顔が眼に浮かぶ。 そういえば、とそこでふと思い出す。昼頃、妙な人間がこのガレーラカンパニーを訪ねてきた。街の人間ではなく、どこからかやってきた余所者で、言動が乱暴なうえ派手なシャツに海水パンツのみという服装も大変頂けない男だった。 報告した方がいいだろうか、と思ったが、アイスバーグに謂れのない因縁をつけにでもきたゴロツキだろうと、ルッチも問題ないと判断していた。 『まァいい…他に報告はねェか』 「ありません、長官」 『いいか、1秒でも早く設計図をさが――』 突然言葉が切れ、舌打ちにも呻き声にも近い声が漏れてきた。殆ど同時に、受話器の向こうで長官が顔を押さえている姿が思い浮かんだ。1年前この街へ来るまで、いつも見ていた光景。 この時の彼の病的なまでの情緒不安定さは十二分に承知しているので、カリファは賢明な黙秘を選んだ。 『…の、ブッ殺すッ!』 何かが蹴られ、指令室の冷たい床に転がる音。椅子だろうか。この大きな音が部屋の外に聞こえぬよう、カリファは電伝虫の口をそっと押さえた。 彼があの傷を負ってから4年。それは激しい痛みと狂うような憎悪として、まだまだ彼を蝕み続けている。 あの傷を負わせた人間の事を自分達は知らないが、もう関係のない事だ――その人間は死んでいるのだから。生前どんな事をしでかした人間であろうと、死人については少しも気を向けない自分達にとって、それに囚われている彼の事は少し不思議でさえあった。 『――っ、いいかお前ら、とっとと任務を遂行しろッ!』 電伝虫の口を塞いでおいて本当に良かった。 怒鳴り声と一緒に、受話器が力一杯叩きつけられる音がして、全く唐突に交信は終了した。実に長官らしいわ。カリファはふう、と肩の力を抜いて手を放した。それにしても、長官の電伝虫は大丈夫なのかしら。 部屋を出ようと振り返った時、何の音も立てずにルッチが扉を閉めて部屋へ入ってきた所だった。 彼らの世界でそれは当たり前の事であったので、カリファは少しも驚かずに、「とっとと任務を遂行しろ、との事です」 と伝えた。 ルッチは軽く頷いた。 「恒例の言葉だ」 「でしょうね。貴方あれいつも言われてる?恋焦がれた人に早く逢いたい、とでも言うような文句」 ルッチは僅かに肩をすくめた。 「彼はプルトンに酷くご執心だからな」 「私達だって長官の言うように、早くそれを手に入れたいのだけどね。…タイムリミットを迎えてしまう前に」 窓の外に目を向ける。 騒がしい声。怒鳴り声。作業の音。時折微かに波の音。 沢山の優しい音が聞こえてくる。 「出来れば、誰も傷つけずに」 カリファは静かに呟いた。 ルッチは何も答えず視線を窓の下から空へ向けた。いつもと変わらぬ色の空だった。 冥界の支配者様は、惚れた女を力ずくで奪ったんだぜ、そう彼はルッチに言っていた。 「だからおれもそうしてやるのさ。欲しいものは、奪い取る」 「貴方らしいやり方だ」 「何だ、皮肉か?」 彼は愉快そうに笑った。 「いいえ。――兵器など、市民が持っていても何にもならないというのに、何を考えているのでしょうね」 手元の資料に目を落とし、ルッチは言った。途端に彼は目に見えて機嫌が悪くなる。 「知るか。バカ共が、それの持つ力も価値も、理解しちゃいねェんだろうよ」 彼は頬に手を当てる、「全部おれ達に任せておけば良いのによ、全部…」 書類をまとめ、それでは失礼します、ルッチは頭を下げた。背を向けている彼からは返事はなかった。 「――どこにいるんだ、あんたは」 その呟きを聞きながらルッチは部屋を後にする。ノブに手をかけ、肩越しに彼を見た。ほんの少しそのまま動きを止めていて、すぐに扉を開けた。 「あんたに会う為なら何だってするのに、おれは、何だって」 彼一人を残して扉を閉めた。 元"王下七武海"サー・クロコダイルが犯罪会社を組織し、アラバスタ王国を乗っ取って手に入れようとしていたものは"軍事力"――古代兵器プルトンだった。 一般報道では伏せられているその事実が記された文書を読み、彼は嘲るような笑みを浮かべた。莫迦め。そんな砂の国に神はいない…水の都だ。 更に書類を読み進める。中ほどに出てきた女の名前の所で目を留めた。 ニコ・ロビン。"オハラの悪魔達"の生き残り、ポーネグリフが読める唯一の人間、アラバスタの事件以降消息不明――。 この女は使えるな。彼は呟いた。うまく見つかると良いのだが。 数分かけて書類を読み終え、また一枚目のサー・クロコダイル、そして古代兵器プルトンについての箇所を読む。 紙束を手に取り立ち上がった。それから壁に書類を押しあて、その上から剣を突き立てた。 「テメェにはやらねェよ」 射るような眼で彼は言った。 「8年前から、おれの恋人なんだ」 ずっと貴方のお側にいましょう 早く、さあ、私のものにおなりなさい 貴方の為ならば他の全てがどうなろうとも、 何も厭いはしないのです 共に地獄で生きましょう |
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