花を一輪だけ買った。
海賊船から奪った宝石でも、やけに高価な装飾品でもない。
これなら受けとって貰えるだろう。
そう思い、花に口付けた。



バカみたいに大きくてバカみたいに豪華な柱がバカみたいに延々と立ち並んだバカみたいに広い廊下。そこにカツカツと響く足音は、全てバカみたいに高い天井に吸い込まれていった。少しでも身じろぎして物音を立てることさえはばかりたくなるほどに静かな廊下。どれだけ静かなのだろう、この静かさが嫌になる。人がいない、という点では願ったりだったが。
「ん〜〜〜、早く来すぎたなァ、こりゃァ…」
特に意味もなく天井を見上げて呟いたその言葉も、足音と同じ様にその場に響き渡った。
全く良い日に議会を設定してくれたものだ。聖地で行われる定例会議、普段ならばその旨を伝達されたとて、足を運ぶ所か聞いた端から記憶から抹消するにすぎないものである。彼以外の6人にしても同様に違いない。 彼がこの場に来る時といえば、彼自身がどうしようもなく暇な時且つ”彼女”もその会議に出席すると判っている時のみであり、今回はその条件にぴたりと一致していてしかも――母を想う、聖なる日。
「――こんな所で何をしているんだい、ドフラミンゴ」
ああ、心地よい声。この声が聞けただけでもクソ堅苦しいこの場所へ来た甲斐があるってモンだ、なァ。
彼はポケットに入れてあった両の手をパッと開いて取り出して、くるりと背後を振り返った。靴がキュッと音を立てた。
「よーォ、おつるさん!久しぶりだな」
「お前が会議にロクに顔を出さないからね」
書類を持っていない方の手で白い髪の毛を掻き揚げて、さらりと彼女が言った。ブレスレットがシャラリと揺れる。
そして再び訊ねる代わりに、じろりと視線を向けてきた。ここで何をしているのか、と。
”ここ”がどういった所か充分承知していながら足を踏み入れていた彼は、困った様に笑いながら肩をすくめた。
「いや、ここは広いだろ?前回来た時の記憶も定かじゃねェし、迷っちまったとこういう訳さ」
部外者である彼が入る事を許されているのは、定例会議が行われる会議室周辺までで、そしてここは海軍本部の中でも指折りの地位の者でしか立ち入る事を許されていない領域だった。 恐らく彼女は今までこの奥にある会議室で他の海軍本部の者達と今回の議題の打ち合わせでもしていたのだろう。 だから彼はこちらまでやって来たのであり、彼の予想は外れてはおらずこうして彼女と出逢えた。
その彼女本人は、彼の言葉に眉を顰め、
「嘘仰い、初めてここへ来た時案内もなしに会議室に辿りついて、おまけに将校達にイタズラまでしたのは誰だった?」
「さァて、誰だったかな?フフ!」
「今はお前の相手をしてられないんだ――お前もセンゴク元帥に見つからない内に早いとこ戻っておいた方が身の為だよ」
彼女はそう言い呆れた様に首を振って歩き出した。
「おっと」 ヒュッ、と右腕を素早く伸ばして壁に突き、彼女の行く手を遮った。
「つれないねェ、おつるさん、まだ時間はあるんだ、もっと2人っきりで話そうぜ」
「私はね、ドフラミンゴ」 変わらず冷静な口調で彼女は答えた、「お前の相手はしてられないと、たった今そう言っただろう?」
「まあ、待てって…」
言いながら彼女の痩せた肩を掴み、壁に軽く押し付けた。そして彼女の体を挟み込む様に、両手を壁につけ直す。 彼女は少しも動じる事はなく、睨みつける様な視線を投げつけてきた――そう、この強さが良いのだ。その辺の小娘達ではこうはいかない、どいつもこいつも蓮っ葉で、ケツの青いガキ共なのだ。
「フフフ、そうキツイ顔しねェでくれよ、今日は母の日とやらだろう?だからわざわざあんたに逢いに来たってのに?」
「…それがどうしたっていうんだい、私はお前の母親なんかじゃないよ」
「そりゃおれだってゴメンだね、あんたがおれの母親だったらあんたをどうする事もできやしない。まあ精神論とかそういう事さ、これでもおれはあんたを慕ってるんだぜ、海軍連中は大嫌いだがあんただけは」
「海賊に慕われたってなんにもなりゃしない」
「違うね、おれは七武海だ」
「同じ事さ」
彼は喉をくっくっと震わせて笑った。 「全くあんたにゃ敵わない」
「大体お前はこういう態度も頂けないんだよ…表向きの大人しさとはいえ、くまやクロコダイルを見習うんだね」
「フン、嫌だねあんな奴ら、おれにはおれのスタイルがある」
そう吐き捨ててから、彼はまたニッと笑った。彼女の顔の前ですっと右の人差し指を立て、ゆらゆらと滑らかに動かした。
ポンッ。
軽い音を立て、その瞬間彼の手には鮮やかな赤のカーネーションが握られていた。
さすがに彼女もこれには驚いた様で、瞬きを繰り返している。
「滅多に見せないおれの手品」 壁から手を離して数歩後ろに下がり、優雅な仕草で一礼をした。「貴女の為の花だ、どうぞ、おつるさん」
彼女はゆっくりと口を開いて、ゆっくりと言った。
「…やっぱりお前のそういう態度は落ち着かないね」
「おいおい、何だよ、おれにどうしろっていうんだ」
「どうもしないでいいよ」
彼女も壁から背を離した。
「まあ、今日は特別だ、頂いておくよ、有難う」
そうして彼の手から花を受け取って、初めて微かに笑って見せたのだった。
「おーーっ、やっぱな!受け取ってくると思ったんだよ!あんたそういう地味なのの方が好きなんだろ?」
「違うよ」 間髪いれずに鋭い声が飛ぶ。「お前がいつもくれるものって言ったら、七武海の権利を行使して海賊船から奪った金品だとか、自分の金で買った物にしたって信じられないくらい高い様な品物ばかりじゃないか、そんなの貰える訳がないだろう。今回だって一応貰っておくけどね、本当だったら海軍の人間が海賊から何か貰うだなんてとんでもないんだから」
「ま、受け取って貰えるんなら何だっていいさ、フフ!」
彼女が歩き出すと、彼のよりは幾分か軽い足音が響き渡った。擦れ違いざま、肩から羽織ったコートが軽く触れた。
振り返らずに、
「そんなに受け取って欲しいのだったら、お前の能力を使えば良いんじゃないのかい?」
その言葉に彼は右手を軽く額について、解ってねェなと首を振った。
「意味が無い、そんなんじゃァ全く意味が無いね、おつるさん、あんた自身の意思でおれからの贈り物を受け取ってくれなくちゃァなァ。…それに、そんな事をしたら、きっとあんたはおれを許さないだろ?」
「よく判ってるじゃないか」
相変わらず少しも歩みは緩めはしなかったが、彼女はちらりと肩越しにこちらを見た。鋭い視線、サングラスの奥で彼は笑った、この年でも彼女のその気迫はそこらの海賊達よりよっぽど強い。
顔を前に戻すのと同時に、彼女はカーネーションを持った左手を、まるでそれが剣でもあるかの様にバッと水平に突き出し言った。
「そんな事をすれば、世界政府直下海軍本部中将として、私はお前を掃討します」
長い廊下に凛とした声が響き渡った。
何者をも寄せ付けない強さを持った声で、だから彼はこの声が好きでたまらない。
「…オイオイ、おれは”七武海”だぜ」
「安心しな」 彼女は微かに笑った様だった。 「殺しゃしないよ」
声の余韻が消える前に、廊下を曲がって彼女の姿は見えなくなった。
そうやって、バカみたいに広い廊下に彼だけが残った。少しの間、時間が止まりでもしたみたいに立ち竦んでいたが、
「――フフ!痺れるなァ、いい女だぜ、全くよ」
恍惚とした声を出して口笛を吹いた。
さて、彼女の忠告通り戻るとしよう、仏の元帥に会いでもしたら、何が起こるか判ったものではない。
気だるげに歩き出してから、先程まで手に持っていた赤い花の事を思った。 あの花の持つ言葉を彼女が知っているかどうかは判らないが――まあ、受け取って貰えたというだけでも、少しは期待しても良いのかもしれない。
願わくは、彼女が花言葉に気付いてくれます様に。
神の花の名を持つ清らかな花、太陽神に虹色に輝く花にその身を変えて貰ったソニクスの様に、或いは聖母の瞳から零れ落ちた涙でも構わない、自分にも何か加護があると良いのだが。
それから、自分は無神論者であった事を他人事の様に思い出して、思わず笑ってしまったのであった。





カーネーションの花言葉:あなたを熱愛します





☆なじ☆
一応母の日話。去年から書いてた癖にいざ書くべとなったら2日で仕上がりました。
もっと早く書いとこう…
もう矛盾点とかツッコミ所とかは気にしないのがお約束!
あとカーネーションの花言葉は色々あって、あなたを熱愛云々てのは
ピンクのカーネーションの花言葉ってのが一般的らしいですが そこはもう、ネ☆!(必死な笑顔)


04.5.9


小説TOP


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送