やっぱり私の予想は当たっていて、彼はビターチョコが好きだと言った。
「キャハ、やっぱりね、あなたビターチョコって顔だもの、Mr.5」
「…どういう顔だ」
「そういう顔」
Mr.5の顔を指差すと、彼は面白く無さそうにまた雑誌に目を戻してしまった。
(と言っても、ファイアレッドのサングラスに隠された瞳は、本当に私の方を見ていたかどうかは判らない)
どうせこんなもの読んでない癖に、私は彼の膝の上で不満げに呟いて、ぴんと指で弾いた。
こんな物に2000ベリーも払う価値があるのかと思えるほどに薄っぺらなその雑誌は、私にはよく判らないが色んなジャンルの音楽についての解説集の様だった。
静けさを好み雑音を嫌い(彼が好きなのは爆発の音)音楽など全く聴かない彼が、こんな雑誌を買う事はおろか、読む事にだって意味はないのだ。
Mr.5によれば、『読む事』自体に意味があるのだという。内容などは最初からどうでもよく、読むという行為が心地よいのだと。
これだって私には全く理解不能な事だったけれど、私も彼には理解し難い行動を取る事があるので何となくは納得した。
彼には理解し難い行動、というのは、まさに今私がとっているものだった。ソファベッドに腰掛け雑誌を読む彼、ソファベッドで彼の膝に頭を置き寝転んでいる私。
彼が馴れ合いが嫌いで、こんな風に他人とべたべたするのが大嫌いだという事は私もよく知り十分理解しているし、
私自身だってくだらないと思うのだが、それでも時々私はこうやって誰かに甘えずにはいられなくなる。
そうしないと、自分という存在が無くなってしまうのではないかと、体がゆっくりと不透明になっていくような気持ちになる。
それが私には怖くてたまらない。月に2,3度そんな時が訪れれば、決まって私は彼に纏わりつく。
最初の内、彼はそれが嫌だと言う事を言葉で態度で表情が示したが、ぽつりと理由を洩らしてからは黙って受け入れてくれるようになった。
薄紫に染まる夜明けの空の様な静かな彼の優しさが私は好きだ。
「ねえ、Mr.5?私はミルクチョコが好きだわ、とっても甘いやつよ」
「おれは甘いのは嫌いだ」
「だからね、私14日は甘いチョコが欲しいの」
「14日?」
すぐに彼は思い出した様に、ああ、と微かに眉を動かした。
「お前の日だからか?ミス・バレンタイン」
「別にそういう訳でもないんだけど…ほら、ボスの趣味だか副社長の趣味だか知らないけど、我が社は祭日だとかがお好きなようじゃない?
そんな社の方針に則って、それと日頃お世話になってる印として、Mr.5からチョコが貰いたいなって」
くだらねェ。
「…くだらねェ」
言うと思った通りの言葉を彼は呟いた。予想していた言葉には対応がし易くて良い。
「キャハハ、いいじゃない、別にそんな事は意識しなくても、ただくれるだけで良いのよ?」
「そんなに食いたいならチョコレートぐらい自分で買えばどうだ」
「ああ、判ってないわ、全く貴方ったら、Mr.5!」
私は大袈裟な動作で片手で顔を覆い、起き上がって彼の方に手を置いた。
「こういうものはね、誰から貰ったか、って事が大事なのよ、解るかしら?」
それに私はわざわざ自分で買ったりしなくとも、チョコでもクッキーでも食べられる。
「ねえMr.5、私のファンって社員結構いるのよ、知ってた?バレンタインデーにはそういう人達がいーっぱいプレゼントしてくれるの」
彼は肩をすくめて雑誌を床に放り投げた。無駄の無い動きで立ち上がって、アンラッキーズボックスを確認しに出て行った。(日に4回行われる、彼の習慣だ)
これも予想はしていた事ではあったが、ここまで興味の無い態度を取られると少しは悲しくなろうというものだ。
指令書も何も持たずに手ぶらで戻ってきた彼は、けれど嬉しい事にこう言ってくれた。
「まァ、14日については何か考えておく。おれが覚えていたらの話だが」
エロスとアフロディテの愛の親子が、私に微笑んでくれる事を期待したい。



聖なる愛の日、テーブルに置かれた目の前のお菓子の山を見つめながら、私はさてどうしようかと考えた。
色とりどりの包装紙やリボンで可愛らしくラッピングされたこれら全ては、私のファンだという社員から贈られて来た物だった。
犯罪会社の社員がどの顔下げてこういう品を買ったのか、とか、アンラッキーズもよくこんな私用物まで届けてくれるものだわ、とか、
他の女性エージェントもやっぱり自分のコードネームの日には贈り物を貰っているのだろうか(ああでもだとしたらミス・オールサンデーはどうなるのかしら?)、とか、
どうという事も無い考えが頭を巡る。
それにしても、去年より数が増えている様に思う。去年はこういう贈り物をどうするかなど悩まなくても良い数だったと記憶しているのだけれど…。
とりあえず、プレゼントの山の1番上にあった、パステルピンクのギンガムチェック模様の包みを手に取った。
丁寧に包装紙を剥がし、蓋を開けてみると、小さなハート型のチョコが1列3つずつ4段並んでいた。
「あら、可愛い」
Mr.ラブと差出人の名が書かれた手紙を見るのは後にしておいて(殆ど全部にこういった手紙がついている。全て読むのはさぞ目が疲れる事だろう)、
小さなチョコをひとつ口に放り込んだ。
私の好きな、とっても甘いチョコレート。ミルクの味が口一杯に柔らかに広がる。
甘い味わいを喜びながら、私の意識は自然Mr.5の事へと移っていった。
彼は2時間ほど前に、出かけて来るとそれだけ告げて、どこかへ行っていた。もしかして?と期待してしまうのは当たり前の筈だ。
あの日以来、今日の話題は少しも口に出しはしなかったが、少なくとも覚えていてはくれるだろう。
何と言っても今日のこの日と同じ名を持つ女が、常に一緒にいるのだから。
「ミス・バレンタイン」
任務中以外でも気配を消して過ごす事が彼の癖になっていることは私も知っていたし、実際それに慣れてもいたけれど、
彼の事を考えている最中に本人にいきなり声をかけられたのでさすがに少し驚いた。
私が振り返る前に彼はもうテーブルの前に移動していた。
「お帰りなさい、どこへ行ってたの?」
Mr.5は、お前が言っていただろう、と背を屈めた。私が食べていたチョコに目をやった。
「それで良いな」
任務中にも着ているワインレッドのコートのポケットから、何も入っていない包みを取り出した。イエローの地にオレンジの小さな花が散りばめられた柄だった。
そしてすいっと手を伸ばして私が開けていたチョコの箱を取って、その包みの中にいれ、カラフルなリボンで口を結び、私に差し出した。
「ほら」
「…ええと…Mr.5?これは何かしら」
「前にお前が欲しいと言っていただろう、ミス・バレンタイン」
さも当然、という顔でMr.5は言う。彼がジョークを好む性格ではないのは充分過ぎるほどに判っていた。
「あの、Mr.5、私はあなたから何か貰いたいって言ってなかった?」
「だから、これ」
「これ、ビリオンズがくれたチョコよね?」
「? これじゃあ駄目なのか?」
「だってこれだと貴方から貰った物は、包み紙って事になるわ」
そこでMr.5は私から少し顔を逸らした。照れている(私にはそう思えた)ような、決まり悪いような、そんな表情で言った。
「お前が好きそうな柄を探すのに苦労した」
それきり黙った。私は包みに目を戻した。色合いも、模様も、とても可愛くて、確かにこれは私好みの柄だった。
Mr.5が私の事を考えながら、これを探して、選んで、買ってきてくれたのだ。
そう思うと、何だか嬉しくてたまらなくなった。笑顔にならずにはいられない。
「Mr.5、ありがと、お返しよ」
身を乗り出して、彼の顔に両手を当てこちらを向かせ、そうして笑ってキスをした。
「…甘いモンは嫌いなんだが」
唇を離すと彼が言った。
チョコを食べ終えたばかりの私の唇は、彼には甘すぎたに違いない。
私は何も言わずににっこり笑った。「…まあ」と、彼は少し間を置いて言った。
「こういう甘さは別にするが」
繰り返す事になるが、私は彼のこういう優しさが好きなのだ。
もちろんそれを含めて、彼自身の全ても!





☆なじ☆
…どうにもショボイ…(震)
タイトルの「フェヴリエ」はおフランスの言葉で2月。そのまんまなタイトル。
あと言っておくとレモンちゃんは自分は5に何もあげずに自分だけ何かふんだくろうと思ってたわけではなく最初からチッスするつもりだったのデス。
何かもうブルブルしてきたので他の事へのコメントはないまま終わりまス…

04.2.14


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