うららかなある日。
神さまだってヒマではない。ヒマではないが。
普段は色々とやらなければいけないこともあるけれど、本日は特にこれといってやることもなく。
そんなある日。



「サラさん、エネル様が貴女を呼んでおられましたよ」
何人かいる侍女の中で一番年若い侍女は、侍女長にそう声をかけられ、思わずびくんと体を震わせて振り向いた。
振り向いた侍女は、とても小さな声で尋ね返した。 「…わ、わたくし、ですか?」
「ええ、そうです」
おっとりとした顔の年配の侍女長は、優しく微笑んで頷いた。
対して侍女は怯えたような表情である。神・エネルに呼び出される心当たりが全くないからだ。何故自分だけ…?
震える声で侍女は更に尋ねた。
「あの、エネル様はどうしてわたくしだけ呼ばれたのですか?もしかしてわたくし、何か失礼を…!」
「ああ、大丈夫ですよ」 侍女長はふっくらとした丸い指を頬に当てて笑った。 「理由は私も伺ってませんけど、怒ってなんかいらっしゃいませんでしたからね」
少々気弱な所がある侍女は、けれど侍女長の優しい笑顔を見て安心した。
神・エネルは何か人手がいるような事をなさろうとしていて、それでたまたま自分が選ばれたのだろう。多分、そんなところだ。そういう風に考え、侍女は神・エネルのもとへ向かった。



いつものように神・エネルは神座にふんわりと身を沈めて寝そべっていた。ふかふかと雲の上を歩いて侍女が神座の前に来ると、神・エネルは一度伸びをしてから身を起こした。
侍女は衣の裾をつまみ、深々とお辞儀をした。 「参りました」
「ああ来たな、ご苦労」
神・エネルは侍女を見てにっこり笑った。
ああ良かった、本当に叱られるということはなさそうだ。侍女はほっとして姿勢を改めた。
「あの、エネル様、それでどういったご用件でしょう?」
「別に特に用は無いぞ?」 侍女の真似、といった感じで神・エネルは首を傾げた。 「今日は天気が良いな。する事も無くてヒマなのだ」
思わず「は?」という言葉が口をついて出てきた。神・エネルは何か人手がいるような事をなさろうとしていて、それでたまたま自分が選ばれたのだろう。そうではなかったのか。用が無いのならば尚更何故、だ。
「エ、エネル様…?あの、それではわたくしは一体…」
「ヒマだと言っているだろう?私の相手をしてくれ」
間を置いて、
やっと理解する事ができた。そうだ、この方はそういう方だった。そういえば今までにも何度か暇つぶしの相手として呼ばれたことがあった…と言っても、その時は自分だけでなく何人かの侍女も一緒だったので、今回がそれらの時と同じとは思いもしなかったのだ。
侍女は大慌てで再び頭をぺこりと下げた。 「あっ、はい、そういうことでしたか、わたくしで宜しければお相手させて頂きます」 そう言う侍女の頬はほんのりと林檎の様に紅くなっていた。鼓動も速くなっている。神・エネルと二人きりだなんて。他の侍女達も一緒にいる時でさえ緊張するのに、神・エネルと二人きりだなんて。ある意味ではこれは願っても無い、侍女にとっては夢のような状況ではあったのだが。
「ヤハハ、そう固くなるな。とりあえずお前、ここへ来い」
「は、はいっ」
神・エネルに手招きされ、侍女は足早に壇上へ上がった…ところで足がもつれて少し転びかけてしまった。何とか転びはしなかったものの、慌てて神・エネルを見ると、声さえ出しはしていないが先程よりもずっと愉快そうな笑顔だ。
み、見られてしまわれたかしら…?
そう思うと侍女の顔は益々赤くなった。その顔のまま、いつも自分が立つ場所、神座の右側面にぴたりと立ち止まった。
さて、と一息ついたのだが、
「ああ違う違う。ここへ座れ」
と、神・エネルは自分の座っている場所を指差した。
「え…そ、そちらにですか!?」
思わず大きな声が出てしまった自分の口元に手を当て、侍女は身をすくめた。
ダ、ダメ、落ちつかなきゃ…でもだってエネル様とお話するだけでもドキドキするのに、エネル様のお隣になんて…
当の神・エネルはどうした?という風ににっこりと笑っている。 「さあ、早く。遠慮することはない」
「し…失礼します…」
震えた声で小さく断り、侍女はとても遠慮がちに神座の端のほうにそろそろと腰を下ろした。ふんわりと柔らかい。見渡せる社の風景がいつもとは違う。ああ、ここに座るとこんな眺めなんだ。
そんなことを考えていると、神・エネルが「さてと」と言って、
――侍女の膝の上に頭を置いて寝転がった。
「どうしようか。何をするかは考えてなかったなあ…お前、何か話でもあるか?」
寝転がった姿勢で足を組み、上にある右足の方をぶらぶらさせて神・エネルは侍女に尋ねたが、見上げた侍女の顔はとても返事が出来そうには見えなかった。真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている。え、とか、あの、とかいう言葉は漏れているのだが、話せる状態ではない。やっと声を絞り出した。「エ、エネル様、あのそんなわたくしなどにそのようにお触れになっては、恐れ多いことです!」
「何だ、私がこうしたくてしているのだから良いじゃあないか」 神・エネルはくすくす笑った。 「それともお前、こうされるのは嫌か?」
「とっ、とんでもございません!」
必死に首を振る侍女を見て神・エネルは「なら良いだろう」と笑った。
今のこの状況に、文句を述べる点は何一つ無い。寧ろ侍女にとっては、自分から頭を下げてお願いしたかったぐらいの状況で、多分自分は今まで生きてきた中で1番幸せなのではないだろうかとさえ思える。思える、のだが。
ドッドッドッドッドッドッ。自分の胸が、破裂してしまいそうに大きく波打っている。熱くなった耳に、イヤに大きく反響して心臓の音が聞こえてくる。 エネル様に聞こえてしまいませんように…! 侍女は透き通ったつぶらな瞳を何度もぱちぱちと瞬きさせた。とりあえず、落ちつかないと。
神・エネルが今眠る様にして目を閉じているのがせめてもの幸いだった。侍女が自分の胸に細い指を当て、ほぅ、と静かに息をついた時。
つと、伸ばされた手が自分の頬に触れ 追って神・エネルがゆっくりと目を開けた。
時間が止まったかの様に、侍女は呼吸をすることさえ忘れて神・エネルと視線を合わせた。
合わせた、というよりも、侍女の視線の先にいきなりいかずち色の瞳が現れたのだった。

深く、深く。 まるきり透明で。 真っ暗で、とても明るいと思った。 生まれて初めて見る、こんなにも人の心を見透してしまいそうで こんなにも自身の心は何も映していない瞳。

何か、言わなくちゃ。瞬時に脳が下した判断はそれで、口につながる神経がその命令に従おうと動いたが、開かれた口からは呼吸しか出てこなかった。
「あ、あの…!」
世界の音だけでなく自分の声までも耳に届かなくなっていた時、自分の頬に当てられた神・エネルの右手のぬくもりが、ハッと音を呼び戻した。 「あのっ、エネル様…?」
静かに。侍女の頬に当てていない左手の人差し指をソッと口に当て、神・エネルは侍女の言葉を制した。ずっと侍女の顔を見上げたまま、視線を少しも逸らさない。 侍女も捉えられたかの様に視線を外す事も瞬きをする事もできずにおり、聞こえてくるドッドッという鼓動の音が限界というほどまでに膨らんだ瞬間のこと。
「 美しいな 」
神・エネルがそう言い、右手を再び胸の上に戻した。
ぱちぱちぱち、と、瞬きを繰り返す侍女の表情を見て、神・エネルは侍女が自分の言葉を理解できていない事が判ったのか、
「美しいな、とそう言った。お前が美しいと」 体の向きを変えて横向きになり、目を閉じて笑った。
―――さあ、今度はどんな顔をしているかな?
それはもう見るまでもなく。
侍女は今や耳まで真っ赤で、何か言う事も、聞く事もできないことだろう。
心臓の音は激しい運動をした後などよりもずっとずっと大きくなっていたが、それだけでなく侍女の”音”はずっと神・エネルに聞こえていた。最初から全て。
―――これだから、面白いのだ。
林檎よりも尚紅い顔をしている侍女の膝の上で、神・エネルは判らない様に笑った。面白くて仕方が無い。今日のような日はこれが一番だ。
「…ん〜〜〜…さてこれからどうしようか…。なあ?」
「…!……!あっ、えっ、あ…!」
「おいおいお前どうしたんだ?話をしようにもお前がそんな状態では出来ないじゃあないか」
「あ、え、す、すいま…」
「ああ、お前の膝の上は気持ち良いな、好きだぞ」
「………!!!」



うららかなある日。
結局神・エネルがすやすやと寝息を立てる時まで侍女の顔は真っ赤で。
結局この次からも侍女は神・エネルのもとに呼ばれる事になり。
神さまのめぐみか、いたずらか。
うららかなある日の神さまのひまつぶし。






☆なじ☆
えーと「サラ」っちゅーのはあのノリの悪い侍女さんの名前です。果物係の侍女さんが「レンゲ」さんで太った侍女さんが「ハス」さんで侍女長って具合でいかがでしょうという捏造設定。 最初ハスじゃなくてミロクとかどうじゃろうとか言うておりましたが一応お花の名前で統一してみました★ 嗚呼名前が無い人ってツライ…もし今後億が一侍女さん達のお名前が明らかになったら鮮やかに修正したいです。
えーとほんで…これはまあ…神侍女っつーか侍女さん→神のような…基本はそんな感じなのですが。
私達の希望というか理想というか捏造としてはですね、侍女さんがエネル様vって感じで神はソレ判ってて侍女さんからかう?みたいな。
この話のような感じです。侍女さんが内心キャーなの判っててこんな膝枕したり顔触ったりしてまッス★ スターチスの花言葉はいたずら心★ つーか私らがかく侍女さんってすぐ赤くなったりどもったり、判りやすすぎです(爆笑)。神じゃなくてもからかいたくなりますわな!


03.4.5(4月8日アップ)


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